『さよなら、インタフェース』惜しい本

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さよならインタフェース』という本を読んだ。

大雑把に言うと、こういう主張をしている本だ。

  • 世の中のプロダクトはこのごろ「まずスクリーンありき」で作られている。このスクリーン中心主義は全然ダメ
  • ユーザの体験や行動をきちんと見て、ゼロベースでどんなプロダクトや技術なら問題を解決できるか、を考えるべきだ

著者は画面中心のユーザインタフェース(UI)を否定して、必ずしもUIに頼らなくても良いユーザ体験(UX)を提供することを考えていて、これをNoUIと呼んでいる。

この主張はだいじなポイントを指摘していると思っていて、正しいと思う。著者の挙げている事例でも、たとえば「車の鍵をあけるためのアプリ」といった冗談みたいな事例や、テスラの巨大タッチスクリーン(かっこいいかもしれないけど運転中はダッシュボードが一切操作できない)などは納得感がある。

だが一方でどうも、「これはちょっと違うんじゃないか?」という点が散見されているように思う。

以下にいくつか具体例を挙げておくが、まとめると2つになる。1つには、スクリーンを敵視しすぎていて本来は問題ではないようなものも問題として表現していること、もう1つは、問題点の指摘はいいけどそこからどう考えたらいいかの道筋が不明瞭な点があることだ。

スクリーンの敵視

スクリーンがそれ自体でまずいわけじゃない……ということは著者も書いていないわけじゃないが、どうも全般的にスクリーンへの敵視が厳しい気がする。

たとえばp.62ではレストランの注文を画面タッチでできるようになった、という話を揶揄して書いている。その次の例ではスクリーン表示の自販機。でも、低価格帯のお店で画面から注文できるというのは利点は大きいように思う。客としても忙しいウェイターを呼び止めなくても気軽にいつでも注文できるし、メニューの変化や特殊なプロモーションへの対応も簡単だ。自販機もメニューの変化への対応や柔軟なレイアウトは実現できるのでは?と思う。

p.180では、アメフトの話が出てくる。アメフトは激しいコンタクトがあるので脳震盪などの問題があり、慢性外傷性脳症を罹患する選手もいるという。この問題に対してアメリカ疾病予防管理センターが作ったスマホアプリは、ヘルメットの選び方や脳のダメージに関する基礎的な情報を教えてくれる。まあパンフレットみたいなアプリだそうだ。

もちろんこれは著者のお気に召すものではない。本当の解決策ってのは、ベンチャー企業とリーボックが共同開発したセンサ付きの帽子であって、ヘルメットのなかにこれを来ておくと、脳震盪のリスクがあるような衝撃を検出したらLEDが点灯して周囲に教えてくれる。

それは違うだろう。本当に全米のアメフト選手にこういったセンサが行き渡る、あるいはルールで着用を義務付ける、といったことになるまでは、公的機関にできることは啓蒙活動であり、いざという場合に簡単に目を通せるリファレンスであり、アプリはその目的のものなんじゃないだろうか(紙のパンフレットでももちろんいい、が、パンフレットを忘れてくることはあるだろうが携帯電話はいまどきみんな持ち歩いているから、アプリというのは最悪でもないだろう)。見ている問題の側面が違うものを比べているんじゃないか。

解決の不明確さ

5章から7章にかけて、ウェブ上の画面デザイン、とりわけ広告やプロモーション、インタースティシャル広告などについてひとくさり問題を指摘している。なるほど。まあ言いたいことはわかる。そして著者はスクリーン指向を否定しているから、そういう注意を逸らすような問題の多い画面から離れてプロダクトを考えるべきだと言う。それもわかるよ。

でもそれじゃ、ニュース媒体とかはどういう画面にすればいいの? この本はそういうことは教えてくれない。著者もおそらく興味ない。著者はスクリーン指向の問題を指摘しただけで、広告とかはその一例でしかないわけだ。でも、ニュースなんてスクリーンがすべてといっていいのでは。そういう場合はどうしたらいいのだろう。

11章ではオンラインフォームの問題を指摘する。パスワードの文字種を限定したり、何回か前のと完全一致するものは使えなかったり、秘密の質問やなんじゃもんじゃ。でもパスワードの場合、それなりに理由があってそういう複雑なチェックがある。その理由のなかにはうたがわしいものもあるだろうけれど、どのように効果があったりなかったりするのか、というのは個別に論証すべきじゃないか。イライラするからダメ、というんじゃただの駄々っ子じゃないか。

p.135からペイメントについて、Square Walletをべた褒めしている。確かにスクリーンレスかつシンプルでぼくもこれはすごいと思ったが、いっさい流行ることなく終わってしまった。著者は従業員の再教育などの面が甘かった、適切に消費者にリーチできていなかった、と失敗を分析しているが、ぼくはこれは完全に的を外していると思う。こういうペイメントアプリのライバルはクレジットカードなんだ。クレジットカードを出して払うってのは(アメリカでは)かなり広範にわたって受け入れられているフローだし、財布からクレジットカードを取り出す、というのは案外そんな手間でもない(し、NoUIでもある)。なんでライバルが携帯電話のアプリだと思っているのだろうか(また、著者の指摘するロックを解除してアプリを探して云々という複雑な手順は、NFCや指紋認証などの技術でかなりシンプルになっていると思う)。

まとめ

煽りっぽい文体でもあるし正直あんまり読みやすくはない本だし(なんというか訳者が可哀想になってくるたぐいの本)、うえで述べたように個人的には疑問を感じるところも多い。とはいえ著者の問題意識はわかるし、スクリーンレスという考え方は重要な面も多いだろう。IoTデバイスのユーザ体験を考える上では大事な面も大いに違いない。

「かたよってるなあ」と話半分に読むならよろしいのではないでしょうか。