On Misreading Chat

2018年から、Misreading Chatというポッドキャストをやっている。とりあえずこれまでのところの感想を書いておこうと思う。

Misreadingはコンピュータサイエンス系の論文を紹介するという体裁のポッドキャストだ。メインのホストは同僚の森田で、わたしは共同ホストという体制ではあるが、実際にはまあにぎやかしみたいな立場な気がする。毎回、わたしと森田とで交互に一本ずつ論文を読んできて紹介する。

ポッドキャストそのものやコンセプト、アイディア等は森田による発案なので、どういう考えからこういうポッドキャストをはじめたか、とかいったことについては、わたしが話せることはあまりない。こまかな編集作業や加工も、じつは森田が行っているので、わたしはポッドキャストの場でしゃべるだけ。いつもすんません。

Misreadingは、よくあるポッドキャストからすると(たぶん)珍しい点がいくつかあって、ひとつには、シーズン制を採用している。シーズン制なポッドキャスト、NPRのやつとかで見かけるが(Invisibiliaとか)個人運用のポッドキャストにはあんまり見たことがない。Misreadingはおおむね10週間くらい収録したら1-2ヶ月くらい休む、というシステムでやっていて、この記事を書いている時点でシーズン4まで終わっている(1回の収録でおたがいのターンを収録するので、1週間あたりだいたい2エピソードくらい出てくる)。シーズン制によって、収録時の負荷がずっと続くこともないし、あいている間にネタを貯めてシリーズみたいな構成にもできるから、制作側にはそれなりにメリットはある。聴いている側からすると長期間のブランクは暇になるのはデメリットだが、更新が再開したらしばらく続くのは、いつ更新がくるかわからないよりはいいかもしれないなと想像している。ブランクは運営側にとってもデメリットがありそうな気がするが(聴取者のエンゲージメントを落とすなど)、これはおそれるほどでもないのではないか。ポッドキャストの場合、subscribeしたら放置する人が多いからかもしれないが……。ともあれ、シーズン間隔のあいだにやる気が終了してそのまま復帰しなくなってしまうみたいなほうがデメリットである気がする。すごくおすすめではないけど、検討してもいい。

それと、Misreadingは面と向かって収録しているのもたぶん珍しいポイントだとおもう。よく個人運営のポッドキャストの収録では、複数の参加者がいたらボイスチャットシステムを使っていることが多いはずだ。ボイスチャットは便利な面もあるが、どうせ二人とも物理的に近い位置にいるし、複数の音源のタイミング合わせも面倒そうなので、面と向かって収録するのが良かろうという話になった。ただその場合、マイク一つだとうまく録音できないので、マイクふたつでうまく収録する必要があり、結局、ミキサー(物理)を導入してふたつのマイク入力をあわせ、録音機(携帯電話)に流し込む構成で落ち着いた。

なかみのはなしもかんたんに。

論文を読んできて紹介するというコンセプトはわたしが考えたわけではないのだが、やってみたところ、これがなかなか便利だということがわかった。ブログでもなんでもそうだが、やると言い出して体裁を整えてサイトを作るまではできても、とくになにも話すことがない、というのはありがちな課題ではないか。論文を読んできてそれを紹介する、というスキームによって、ともあれなにかしら意味のありそうな話になる(可能性が高い)、という良さがある。オールジャンルで始めるよりはテーマを絞るべし、というのはよく言われるところだと思うが、ポッドキャストもおなじだなと思う。

ただ、本業のかたわら週に一本論文を読んでくる、紹介できる程度のメモもまとめる、というのはそれなりに負荷がたかく、日常生活を圧迫しがちだ。論文は一本読んで終わりということもなく、周辺情報も収集したりすることもある(手薄になりがちなことも多いが)。読んでみたけどいまいちだったな、みたいなこともあり、そうなったら時間があればほかのにスイッチしたいかもしれない。本業研究者の方からしてみたらぬるい言い草な気がするけれど、まあパートタイム愛好家としてはそれなりに大変だということです。

論文の選定については、おたがいとくに相談したりせず、各自で適当に情報収集してピックアップしているが、いまのところコンフリクトしたことはない。リストは共有しているけど、どの順番でとか、いまこれを読んでいて、とかもきちんとは共有してないんだけど。論文の探し方は、自分の場合、usenixのサイトを眺めたり、Google Scholarで適当なフレーズで検索してみたり、いろんなテック企業のリサーチセンターのページから眺めたり、the morning paperのような論文紹介ブログとかHacker Newsなどのサイトで紹介されていたり、といったところを情報源にしている。

論文はたいてい印刷して読んでいる。紙のほうが持ち運びやすい、といった事情によるもので、画面で読んでもまぁいいのだけども、紙でも悪くはない(散逸しがちという欠点はあるが)。画面で読む場合には手元のpixelbookを使っているが、これは論文読み用途にはなかなかいいデバイスだと思う。タブレットモードにもなるし、画面もそこそこ大きいし、ChromeビルトインのPDFリーダの出来も悪くない。一時期reMarkableとかソニーのDPTのようなE-Inkタブレットに興味を惹かれていたのだけど、それなりの値段がするのでけっきょく試せていない。このへんはおすすめがあったら誰か教えてほしい。でも、すでに手元にpixelbookがある現状では、これより明らかに良いデバイスはあまりないかもなという気はする。


いろいろ書いてみたが、なかみに関する話の細部はともかく、外形的にはなんだかブログと似たところがあるなとおもう。

ポッドキャストって、なんというか、時代だなとおもうことがある。Appleの製品として始まったのに、まったくAppleのプラットフォームに囲い込まれていなくて、というかどんなプラットフォームのものでもなくて、適当なウェブサイトを立ち上げて音楽データを上げてRSSフィードをつくればいい、という体裁になっている(Misreadingもwordpress.comでホストしている)。Anchorみたいなサービスもあり、特定のプロダクトに囲い込まれているように見えるものもあるけれど、外部からアクセスされる口があり、外からはホスティングサービスのように見えるようなつくりになっている。それに、素人がはじめたようなポッドキャストも妙に勢いがあってよく聴かれているように思えるところの不思議さもある。

この感じの懐かしさ、みたいなものが、すこしある。ブログと似たようなかんじをわたしが抱くのも、たぶんそういう理由があるのだとおもう。なんというか、ブログが熱かった時代、というのがあったわけだけど、その時代的ななにか。Web 2.0の時代の産物というか、残り香みたいなもの。まあそもそもおおむね同時代に生まれたわけだから当然なのだけど。

ブログと違う点もある。文章と音声という違いとか、編集の大変さとかもあるけど、たとえば人数。ブログはだいたい一人で書きがちだったけど、ポッドキャストはどちらかといえば複数人でやりがち。ブログなんて、だいたいネクラな人間がひまな時間に孤独に書くことからはじまる(偏見)わけだけど、一人でしゃべるだけのポッドキャストを成立させるにはけっこうな話芸が(たぶん)必要なので、素人なら複数人で話したほうがいい。素人が複数人で話したからといって話がわかりやすくなったりするかというと、そんなわけもないんだけども、しゃべっていてもあんまり慌てたりおかしなことになりづらいし、なんというか、聴きやすさが多少マシになるんだろうな、と思っている。そういえば複数人が対話形式ですすめる記事はネットにたくさん転がっているが、あれもたぶん、読みやすさに貢献したり展開をさせやすいからだろう。

複数人でポッドキャストをやる、というのは案外良い面もあって、エピソードの収録スケジュールによって制作のリズムが生まれる。いつまでに準備をしないといけない、といったピアプレッシャー的な面もある(いいのか悪いのかわからないが)。内省的なブログと比べると、ポッドキャストはもう少し外を向きがち。ネクラなわたしがポッドキャストとかやってるのは、なんだかおかしなものだが、やってみるとけっこうたのしいものだ。