“Androids” by Chet Haase: Androidを作った人たちの英雄列伝

Chet Haase氏の書いた”Androids“を積んでたのを思い出したので読んだ。面白かった!

Chet氏は2010年にGoogleに入り、Androidの、特にUIフレームワーク周りの開発を主導してきたエンジニアだ。同時にAndroid開発コミュニティではさまざまな講演などでもお馴染みの人でもあり、Android Developers Backstageというポッドキャストのホストも長いことこなしてきた。

そんなChet氏が、Androidの初期の事柄を記録しようということでさまざまな人にインタビューを行い、それをまとめたのが本書だ。創業からGoogleの買収を経てSDKの公開、1.0、そして最初のデバイス(G1)の発売である2009年ぐらいまでのことについて、関係者の声や思い出話をまとめ、紹介している。これが面白いのだ。

面白さの一つには、出てくる個別のエピソードがそれぞれいちいち面白いという面がまずある。創業まもなくほとんど何もできてなかったスタートアップのAndroidみたいなところでGoogleによる買収が決まったか。Larry PageがDanger(AndyがAndroid創業以前にやってた携帯電話の会社)の携帯を使っていてファンだったところが大きいらしい。Google買収前にAndroidの面々がサムスンに交渉に行って「で、OS作るチームはあるの」と言われてBrian Swetland一人で作りますと言われて一笑に付される話。Hiroshi Lockheimerは大学の学位がなかったので当時めちゃくちゃ学歴主義だったGoogleでの採用が難航し「なぜ大学を中退したか」みたいな小論文を書かされるようになったというくだり。当時別のチームにいたがAndroidの中の人に頼まれてAndroid SDKを紹介してデモアプリを動かすような講演をやったら、そのことを知らないAndyに「こいつは一体誰なんだ、なんで勝手にこんな紹介してるんだ」と烈火の如く怒られ、そのことを振り返って「Andyとの仲は最悪のところから始まった。ここからは良くなることしかないと思うことにしたよ」などと嘯くDave Burke……。

自分にとっての面白さは、身近さと同世代性という面もある。自分はAndroidと全くの無関係ではない仕事生活をしていたことがあるので、本書の中で言及されている人たちの中には、直接の知り合いとまではいかないがこちらからはどういう人なのかはわかっているような人たちが結構いっぱいいる。そういう人たちの物語が描かれるということの面白さというものがある。そしてAndroid登場時にはすでにGoogleで働いていたので、そういう面でも身近さと同世代性みたいなものがある。まあ実際には自分よりはやや年上な人たちが多いんだけど、小学生の時とかにBASICでプログラミングに初めて触れた、みたいな人たちが多いのも同世代性を感じるところがあるかもしれない。

ある意味では『闘うプログラマ』みたいな面白さもある。それまでのキャリアで培われていたOS人材がAndroidの名の下に(再)結集し、スマートフォンOSという新しい分野を切り開いていく(そして成功する)というストーリーの面白さ。それと同世代性からすると「俺たちの世代の『闘うプログラマ』」という側面があるような気がする。

ただ、『闘うプログラマ』と比較してみると大きな違いがあって、それは本がどこに焦点を置いているかというところ。『闘うプログラマ』はデイブ・カトラーという人へのフォーカスが大きく、それ以外のOS開発チームはややもすると背景に落ち込んでいるような気がする。それと比べてみると “Androids” ではむしろAndy Rubinの影の薄さが際立つ。

Andyの影がうすいというのは別に何もしていないということではないし、言及回数が少ないということでもない。ただ本書は(多分)Andyに話を聞きに行って(いけて)いないし、彼自身の話というのは意外とあんまり出てこない。本としてのフォーカスはむしろAndroidというプラットフォームを作り上げていった開発者たちにあり、読者に印象を残すのはBrian SwetlandでありMike CleronでありDianne HackbornでありRomain Guyであり……といった人たちになる。開発対象のレイヤ(カーネル、コアライブラリ、フレームワークなど)ごとの章立てと、各節ごとに特定の個人にフォーカスを当てて語られるような構造からしても、編年的ではなく列伝的な構成になっている。この構成がこの本のいいところだと思う。各人のそれぞれの思惑とかあるべき姿、そういうものの対立が描かれているところも面白さに寄与している。

少し残念なところ。自分はAndroidには複雑な気持ちを持っているので、本書の著者や登場する開発チームの人たちの語られることは少し違うな、と思うことは結構あった。もちろん事実として正しくないということではない。ただ自分とは違うものの見方であり、そういうふうにみるとこういう表現になるんだな、納得はするけど自分とは違うな、というようなものでしかない。でもまあ、そういうものは多々あった。具体例はあげづらいのだけど。

もう一つ、東京チームの存在感のなさは残念に思った。実際には東京に開発チームができたのは本書のスコープからすると少し後のことだと思うのでそこにほぼ言及がないのは仕方ないようにも思うのだが、もう少し稿を割いても良かったんじゃないかなあと思う(ただの身贔屓かもしれない)。東京の人たちで言及されているのはたぶん、門間さんのことがインタビュイーの発言の中に一度言及されているだけじゃないかな。まあこれは自分が日本人だからで、他のロケーションの人には同様に色々思うこともあるだろう。

まあそれはさておき総合的には非常に面白い本だった。日本語で出してもそれなりに面白く読まれるのではないかなあ。誰か訳さないのかな。