“Androids” の感想の補足:Bob Leeのこと

前回の記事で書き忘れてたこと。

本には主要登場人物というべき何度も登場する人がいく人かいるのだけど、その中の一人がBob(”Crazy Bob”というあだ名がつけられている)という人だ。本書では9章の「コアライブラリ」の章で初登場する。BobはDanger/Be/WebTV人脈ではなく、もともとGoogleでAdsの一員として働いていたところからAndroidに移籍した人だが、コアライブラリとしてApache Harmonyを移植したりしてランタイムの基盤を整えたりといった大きな貢献をしている。それだけではなく本書の結構いろんな箇所で登場していろんなコメントを残している。インタビューに応じてくれて多くのコメントを残してくれたのだろうと想像される人物である。

それ自体はふーんでおしまいなんだけど、その初登場の節からちょっと後で、BobはやがてGoogle自体をやめてSquareのCTOになったのだった、という後日談が簡単に述べられる。自分はちょっと気づくのが遅くて、そこで遅まきながら気づいた次第なのだった。このBobという人は、先般サンフランシスコの路上で刺されて亡くなったBob Leeその人だ。

https://en.wikipedia.org/wiki/Bob_Lee_(businessman)

2023年4月某日、男性が深夜にサンフランシスコの路上に刺され、そのまま亡くなるという事件があった。その男性は実は元SquareのCTOでCash Appの創業者であるBob Leeなる人物だと判明してサンフランシスコテック業界に大きな衝撃を与えた。当初こそいかにサンフランシスコの治安が悪化したかという話として受容された本事件だが、その後奇妙な展開を迎える。Bob Lee刺殺犯の容疑者は通りがかりの見知らぬ強盗ではなく、Bob Leeと知己であるNima Moneriなる人物だった。実はBob LeeはThe Lifestyleなる名前のセックス&ドラッグコミュニティの一員であり、Nimaの妹もそのコミュニティの一員としてBobと関係を持っていたのだという。Nimaは既婚者である妹がBobと関係を持っていたり一緒にドラッグをやっていたりするのではないかという疑念を抱き、その日に問いただして最終的にBobを刺殺したのだという。この事件の背景まで報道されると、サンフランシスコテック業界内ではどちらかというと困惑といった感じで受け止められたと記憶している。

“Androids” はこの事件が起きるより前に書かれた本なので、もちろんこういう事情は本書では一切触れられていない。Bobは他の開発者たちと同様にAndroidの初期の話を彼自身の視点から語ってくれているだけだ。だが彼の発言を読んでいくことで、彼の人となりのようなものがわずかなりとも垣間見える。私自身はこの事件の報道があった時にはBob Leeという人と関わりはなかったし、詳しくもなかったので、事件の報道内容についてもなんというかフラットに受け止めていたと思う。でも本書を読んでBob Leeという人の輪郭のようなものが見えてくると、この事件の不思議さというか、事件の報道を読んだ時の困惑のようなものがわかるように思うのだ。

本書のBob Leeは気さくで、技術の細かいところもよく抑えた好人物で、報道のようなセックス&ドラッグコミュニティに出入りするテック系のお金持ち、といったイメージとは全く異なる。いったいどちらが本当の姿なのか……などと思うのだ。だが、どちらかだけが本当ということではなく、そのどちらでもあるというのが人間というものなのだろう。

ともあれ、この事件の人物と本書の登場人物が繋がったのは結構びっくりしたし、それで事件の受け止め方も変わってきたな、ということは、本の感想とは違うレベルの話だけど書いておきたかったので、こうして補足記事として書いておく。